タイタニック号の沈没事故にまつわる不可解な状況証拠と意外な事実

沈没から73年後の1985年に

海抜3650mで発見

タイタニックかどうかは3つのプロペラに
刻まれている識別番号を調べればわかる
いうときに

「文化的価値のある遺産を守るため…」という名目で

タイタニック国際保護条約の制定

遺物の劣化を防ぎ、

違法な遺品回収行為から守る

ということは、

識別番号の刻まれてるプロペラも

守られているんですかね。

余計に気になりますね。


タイタニック号沈没にまつわる状況証拠からあなたならどう思います?

タイタニック号が1912年4月14日深夜から翌

日未明にかけて沈没した事故から、

今年で105年となります。

犠牲者数は乗員乗客合わせて

1,513人であり、

695名が生き残った。

当時世界最悪の海難事故であったというのは

言うまでもない事実です。

そして、

首をかしげるような話も

たくさんあるのも事実です。

まず、

タイタニック号の処女航海直前になって
船長をエドワード・スミスに変更

タイタニック号には姉妹船があり、姉に当た

るオリンピック号という船があります。

その船は2回も事故を起こしていて、耐久性

能も下がったため、保険もかけられないほど

でした。その時の船長をしてたのが

エドワード・スミス

大事な処女航海に際しての直前の

この変更。なんとも不可解です。

タイタニック号は
「絶対に沈まない船」との触れ込み
だったそうです。

それなのに、

米英双方の保険の総額は

200万ポンド以上

日本円で現在の価値で

300~390億円以上

「絶対に沈まない船」なのに
あまりにも巨額の保険金

実際タイタニックが沈没した際には

100万ポンドの保険金が降りた。

建造費用の50万ポンドの倍です。

まだまだありますが、あと1つだけ

タイタニック号を所有するのは

イギリスのホワイト・スター・ライン社

その実質オーナーというのが

米国の5大財閥の1つである
モルガン財閥の創始者

ジョン・ピアポント・モルガン

スイートルームを予約しておきながら、

直前に、病気を理由にキャンセル。

だけど、同じ頃に彼が北アフリカからフラン

スにかけて旅行していたことが後に判明。

また他にも50人ほどキャンセルした客の中に

モーガンと 非常に深いつながりがある

人々がいることも明らかになってます。

わたしは、これらのことを考えながら、

もう一度

タイタニックを見たくなりました。


タイタニック号沈没から助かった唯一の日本人が示した武士道精神

沈没事故から助かった人たちの中に

細野正文(ほそのまさぶみ)氏という
日本人がいたのですが、

「他人を押しのけて救命ボートに乗った」と
の白人男性の「証言」を元にしたとされる

誤報 で死ぬまで事実無根の批判にさら

されてしまします。

彼は、不当な非難に対して

弁明せず耐え忍んだそうです。

しかし、後に彼が救助直後に残した手記や

いろんな調査から

人違い だと確認され、

また、

卑劣な日本人と証言した白人は 細野氏

とは別のボートで、それには中国人が

いたことがわかってます。

そして、ようやく

正式に名誉回復されたそうです。

余談ですが、彼の孫に当たるのが

ひところ一世を風靡した

YMOのメンバー

細野晴臣さんだそうです。


さいごに

映画でしか知らないタイタニック号の沈没

事故をめぐっての生々しい不可解な事実や、

本来なら祝福されるべき奇跡の生還が、

誤解に基づく不当な批判で、

一人の人間を不幸に追い込んでいく

やるせなさというものを感じました。

最近ブログを書くために始めたリサーチを

やる度に強く感じてくるのが、

一見つながりがないようにみえることが、

調べていくと意外な線でつながってたり

するのを知りビックリ。

ですから、今書き終えたばかりなのに

タイタニックから新たに枝分かれした

別のストーリーに興味が湧いてきました。

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